妊娠~流産~流産後までのキロク【後編】

初めての妊娠。

そして、流産。

歓びと不安。

哀しみと感謝。

いくつもの感情と、次々起こる体の変化。

経験したことのない波を乗り越えようとしているときに、
助けになったのが経験者の方々の”記録”でした。

もしかしたら、未来の誰かの役に立つこともあるかもしれないと思い、
公開ブログへ残しておくことにしました。

※あくまでも一個人の記録です。
 妊娠や流産で経験する感情や体の変化は、
 人それぞれまったく違うものであることを前提でお読みください。

手術か自然排出か

きっと、迷われる方が多いんじゃないかと思います。
我が家も、夫とわたしの意見はまっぷたつに分かれました。

夫は、”わたしの考えを尊重する”という前提で、
「何があるか分からないし、
早めに手術を受けた方が体への負担(痛み等)が少ないだろうから、僕は安心。」と。

でも、わたしの気持ちとしては、
「自然な流れに身を任せてみたい。」
↑ヨガ講師としては、こう在るべき!という変なプライドもあったかも。
「手術で病院泊まるの、めっっっっちゃ嫌。こわい。」
↑こっちは超本音。笑
という感じでした。

そして、もうひとつ。
ネットで調べていると
“「手術をすると、次の妊娠がしにくくなる可能性もある」と、お医者さんに言われた”
というコメントが何件かあり、それがとても気になりました。

とりあえず、事実は確認した上で、自分たちの気持ちをまとめようと思い、
手術後の妊娠への影響について、病院へ問い合わせてみました。

電話をかけたときには先生が不在で、助産師さんが出たのですが
「特に影響はないはずですけどねぇ…」とのこと。

それならば、「1週間、自然排出を待って、出てこなかったら手術をしよう」
ということに決めました。

自然排出を待つことにしたのは、
「もしかして、本当に超可能性は低いけど、
成長が始まることだって、あるかもしれない…」
と、心の片隅に希望が残っていたから。
その希望を消し切れないまま手術を受けてしまったら、
絶対にモヤモヤが残って、気持ちを消化するのが大変だと思った
のです。

待つ期間を1週間にしたのは、
引越しが迫っていたので、そのスケジュールを後ろ倒しにせずに済むように…
という、完全に理性的な判断でした。

自然排出のはじまり

わたしたち夫婦の方針が決まって、本当に1時間後くらい。

夕食の最中に、じんわりと本当に少しずつ腹痛がはじまりました。

最初は、「あれ?」という違和感だけで、
普通にシャワーを浴びて、早めに就寝したような記憶があります。
(このあたり、記憶が曖昧です…)

でも、夜には痛みがひどくなり、腰の痛みも出てきました。

お布団の中で楽な体制を探しながらゴロゴロ。。。

「これは、出てくるやつだ…!」
と思いながら、眠くてうつらうつらしたり、
「うあー、めっちゃ痛い。。。
これは病院行った方がいいのかな?
いや、でも、それで勝手に手術とかされたら嫌だし、
そもそも夜中の病院って人手不足で大変かもしれないし、
だったら明日の朝行った方が安心していられそうだし…」

なんて、頭の中ぐるぐるしながら、
たまにトイレに行って血を出して、
本当にきつい波がきたら、寝ている夫を起こして慰めてもらって。

そんなことを繰り返しながら朝を迎えました。

朝、トイレに行ったときに大きな塊が出たので、
びっくりしてトイレに手を突っ込んで取りましたw
見た目は完全に血でしたが、初めて見る塊の大きさに
「もしかしたら、この中に胎嚢があるかもしれない…」と思って
ジップロックへ入れて病院へ持っていきました。
(結局、ただの血の塊でした。)

病院で排出

朝一で病院へ電話しようと思ったら、なんと病院側から
「手術の妊娠への影響について、先生がきちんと説明した方がいいだろう
ということだったので、今日また来れますか?」と電話がきました。

影響ないはずじゃなかったんかーい!!と、思わず突っ込みたくなりながら笑、
「いや。。。もうめっちゃ痛いんで、すぐ行きますぅぅーーー」と伝えて、
夫に支えてもらいながら速攻病院へ。

ひとりで歩くのが困難で、息が上がるような痛みの中、
「ある程度の身だしなみは整えなきゃ…」
と思うんだから、人間っておかしな生き物ですよねぇ。

待合室では、おそらく順調であろう妊婦さんの横で
夫に支えてもらいながらボロボロのわたし。

病院って残酷な場所だなぁと思いながら、
夫が一緒にいてくれる嬉しさみたいなものも感じていました。

その後、内診をしてもらったら、
なんと…、
すでに胎嚢が膣のところまで落ちてきていたところでした!

最後は先生が取って綺麗にしてくれた状態で、無事にご対面。
本当に、ただの透明な袋で、特に感動もせず、
「へぇ、こんなのなんだ…」くらいにしか思えなかったのが、ちょっと寂しかったです。

胎嚢が出たら、すぐに痛みが収まると言われていたのですが、
わたしはしばらく続いて、徐々に収まっていくような感じでした。

その痛みを味わいながら、
「完全な自然排出でもなく、手術でもなく、
最後だけ先生に取ってもらうパターンもあるのかぁ~
わたしにとってはベストな終わり方で終われたから、すごいなぁ~」
と、ぼけーっと考えていたのを覚えています。

ちなみに手術については、
「次の妊娠に影響が出ることもある」という説明を受けました。
「なので、出てきてよかったですね」と。

体験談を読んでいる限りは、先生によって見解が異なるような印象なので、
最終的には、やっぱり自分の判断ですかね。

わたしは、待つか?手術か?を選ぶ必要がなく終わって、
早い段階で出てきてくれたことに感謝しています。
(いわゆる進行流産というやつだったのだと思います。)

流産後のこと

流産から1週間くらいは、ほぼ1日中寝ていたような気がします。
その間に、血の塊が少しずつ出ていって、
生理よりもダラダラとした感じで、徐々に出血が止まっていきました。
大きな血の塊が出る度に、「抜けた!」みたいな快感があって、
いちいち夫に報告していたような。笑
(このあたりも、記憶が曖昧です。)

わたしの場合は、
心へのダメージより、体が動かない…という感じ。
「動きたいのに、動けない」という状態が辛くて、それが心へも響くような感じでした。

それだけ体へのダメージが大きいのだと思ったので、まずは回復に努めることに。

特別にやったことは漢方を飲むことくらいで、あとはひたすら休んでいました。

仕事は他の人に任せることが出来て、ご飯は夫のお母さんが持ってきてくれて、
休む環境が整っていたので、とても有難かったです。

ちなみに漢方については、
妊娠前に、診ていただいていた漢方の先生に流産の報告をして、
【芎帰調血飲第一加減】という漢方薬をいただきました。

妊娠前~妊娠中に【婦宝当帰膠】を飲んでいたので、それと併せて飲むことに。
(流産から2ヶ月経った今も、飲んでいます。)

ただ、流産の翌日から胃痛があったので相談したところ、
“【婦宝当帰膠】 が胃腸の負担になっているかもしれない”とのことでした。

漢方薬も、それぞれの体調に合わせてチョイスする必要があるので、
気になる方は専門の方に相談してくださいね。

ちなみに中医学では、流産を「小さなお産」と考えるそうです。

それを知ったとき、なんだかちょっと救われた気持ちになりました。
妊娠の間、「わたし、お母さんなんだ」という感覚が
心のもっともっと奥の、本能みたいなところから湧いてきていたので、
それを肯定してくれるような表現だなぁと感じたのです。

夫との距離感

前編の最後に、
“流産が分かった瞬間には前向きな気持ちもたくさん湧いてきた”と書きました。

自然排出の直後も、その前向きな気持ちを持てていて、
オンラインサロン限定で直後に書いたブログには、こんな風に綴っていました。

パートナーシップの視点からは、
「この人と共に生きていくということは、
こうやって”ふたりの経験”を重ねていくことなんだなぁ」という体感しました💖
経験を肯定的に捉えられているのは、
自分なりの死生観を持てていたことと、
普段から心身を整えてきたことのおかげだと思っています😚
どんな経験をするのか分からない人生。
辛さや苦しさを乗り越えるために、
日々の心身のケアが本当に大切だと改めて痛感しました。

そのときは、嘘偽りなく、ありのまま思ったことを書いたのですが、
今読むと、「なーにを偉そうに言ってるんだ!」と思っちゃいます。笑

というのも、この後からネガティブな感情がたくさん出てきたからです。

1番は、「動きたいのに動けない」という状態への苛立ちだったのかもしれません。
でも、その気持ちの矛先が夫に向かってしまいました。

流産への哀しさや痛みを同じレベルで共感してもらえないことに、
「こんなに冷たい人だったなんて…」と思ったり、
淡々と元の生活を送っていることに、
「わたしは動けないで辛いのにずるい…」と感じたり、
切り替えの早い夫と比べて
「何でわたしだけまだ泣いてるんだろう…」と自分が嫌になったり。

消化にやさしいご飯を食べたくてキッチンに立った時、
「辛いなら無理するなよ」と言われたときは、カチーン!ときたなぁ。
彼なりのやさしさだと、頭で理解しているつもりではいたんですけどね。
“キッチンに立てるようになった”という小さな進歩を、否定された気分になったのです。

わたしは寝てばかりで寝室に籠っていたし、夫は気を遣って寝室にはこないしで、
顔を合わせる時間が少なくなったことも相まって、なんだかギクシャクしていきました。

このギクシャクをどうにもできずに、どんどん距離が離れていったら、
離婚にも繋がりそうだなぁ~とも思って、「流産 離婚」で検索しちゃったり。笑
あ。
もちろん、「そうならないようにどうにかしなきゃ!」という考えの元で、です🙋🏻‍♀️

結局、どうにかする必要もなく、
少しずつ体が回復して起きていられるようになったら、
夫も自然と、いつものやさしい夫に戻っていきました。

「あみが元気になってよかったー。このままだったらどうしようかと思った😢」
と言われて初めて、
夫は夫で必死にこの期間を過ごしていたんだな…ということにも気が付きました。

ちなみに今、当時のことを聞いてみたら…
ふざけながら、
「あみがこのままニートになったらどうしようかと思ったよ~~~😭
社会復帰してくれてよかった~~~😭」
と言っておりました。笑

“ふたり”じゃなくて”自分”の経験だった

そんなこんなで、体が回復したら無事に心も回復✨

冷静になって思ったのは、
「わたしが無理矢理、”ふたりで乗り越える経験”に仕立て上げようとしたから、
おかしなギクシャクを生むことになっちゃったんだ」

ということでした。

そう。
妊娠も、流産も、わたしの経験だったんですよね。

お腹にいのちを宿したのは、わたし。
心の真ん中から湧く甘くてジューシーな何かを感じたのも、わたし。
お母さんになってるなぁと感じたのも、わたし。
そして、急にそれらの幸せをすべて奪われたのも、わたし。

夫は、そのどれも経験していなかった。

その事実がストンと腹落ちしたとき、
「これは、”わたしが乗り越える経験”だった」
と、やっと芯から理解することができたのです。

勝手に、”ふたりで乗り越えるもの”として押し付けていたから、
「こんなに冷たい人だったなんて…」 とか
「わたしは動けないで辛いのにずるい…」 とか
そんな感情が出てきたんですね。

夫は夫なりのショックを受けていて、
彼の中で、その感情を消化して未来へ繋げようとしていただけ。
冷たい人なわけでもないし、もちろん、ずるくもない。

わたしの方が直に経験をして、ショックが大きかったんだから、
回復に時間が掛かるのも当たり前のことでした。

それぞれがひとりの人間であるということ】は、
いつも意識していよう!と思っていたのに、
今回ばかりは、夫と自分を同一視してしまっていたんですね。

こんな風に自分の中で気持ちの整理ができたことで、
「この先、この人とふたりで生きていく人生になったとしても全然楽しそうだな!」
と思えるようになりました。

「絶対に子どもがほしい!!」と思っていたので、
この気持ちの変化には、かなりびっくり!

最後に

以上が、わたしの【妊娠~流産~流産後までのキロク】です。

思い出しながら書いたら、ものすごく時間がかかりました。
そして、未だにツーっと涙が伝うことを知りました。

「あんなことも思ってたな」
「こんなこともしてたな」
と、思い付くことはまだまだあったのですが、すべては書き切れず。
もし、ご質問があったら答えていこうかなと思います。

約1ヶ月の間のこととは思えないほど、本当に体も心も激動。

流産は決して珍しいことではありませんが、
自分の身に起きたら、ダメージは大きいものです。

決して珍しいことではないのに、
そのダメージを修復するための配慮が欠けている社会だということを痛感しました。

そして、正常な妊娠だったとしても、
妊娠初期は変化が大きく情緒も不安定になりやすかったり、
人によってはつわりがひどかったりしますが、妊娠初期に取れる休暇の制度ってないですよね。
(傷病休暇は取れるようですが…うーん。)

今回の経験は、
そういった、”今の社会の当たり前”に疑問を抱くキッカケにもなりました。

男性社会に女性が合わせなければいけない時代。
本当に早く終わってほしい!!

そのために、女性が女性らしく輝きを取り戻すお手伝いを続けていきます。

最後まで読んでくださった方がいたら、本当にありがとうございました🙏🏻💕

Ami